こんにちは。精神科医のAです。今回は、認知行動療法(CBT)の効果的なプロセスについてご紹介します。私が担当したとある高校2年生の女の子のケースを通して、CBTの実際の方法や効果を考えてみたいと思います。
彼女は、友達と話すたびに理由もわからず不安にかられ、帰宅後もそのもやもやとした気持ちに悩み、夜眠れなくなるという状況でした。しかし、本を読むことが好きで、物事を説明するのも得意な子でしたので、私は「一緒にCBTをやってみよう」と提案しました。最初は自信がない様子でしたが、「まず簡単に自分の気持ちを言葉にしてみよう」と伝えると、やってみる気持ちを持ってくれました。
まず、彼女には日々の気持ちや行動を記録するノートを用意してもらいました。診察の短い時間では彼女の生活をすべて把握することは難しいため、彼女自身に自己観察してもらう目的で、「どんなことをしたのか」「どんな気持ちだったか」「どんなことを考えていたのか」「どんな行動を取ったか」を書き出してもらうようにしました。自分の気持ちや考えを文字にしてみるのが狙いです。
初めのうちは「悲しかった」「寂しかった」といった感情は書き出せたものの、「その時、どんなことを考えていたのか」と思考を掘り下げる作業には難しさがあったようです。ただ、日々の感情に圧倒されて泣き続け、寝て状況をやり過ごすという状態でした。しかし、彼女と一緒に「その時どんなことを考えていたんだろう?」と日記を見返しながら話すうちに、「嫌われちゃうんじゃないか」「自分が悪い」「自分がおかしいと思う」といった思考が少しずつ浮かび上がってきました。
彼女がこの日記の記入に慣れてきた頃、私は「どうしてそんなに自分が悪いと思うのか」と尋ねました。すると、彼女は「私は昔から変だと思われていたし、家族の中でも浮いているから」と、家庭環境に関連する話を始めました。これをきっかけに、彼女の日記には家族との関係についても書かれるようになり、次第に「自分が変だと思う理由」を少しずつ整理できるようになってきました。幼いころから、姉妹と比べられ、自分は劣っていると感じてきたこと、親はいつも自分が何かするたびに怒ること、等をぽつりぽつりと日記に書くようになりました。
時間をかけて日記を通じて自己理解を深めるなかで、「自分が自分を変だと思うことが本当に変なことなのか」を考える段階に進みました。「同じことを友達がしていたらどう思う?」と尋ねると、彼女は「変だとは思わない」「そんなに変なことではないのかもしれない」と少しずつ自分を客観視できるようになりました。このやりとりを20回以上繰り返し、彼女の考え方が徐々に柔軟さを帯びていきました。
こうして少しずつ、「自分はそれほど悪いことをしているわけでもないし、周りから否定されるほどでもない」といった、新たな視点を得るようになったのです。このように、CBTでは「自分の思考が本当に正しいのか? 他に見方はないのか?」と柔軟に思考を巡らせる習慣をつけることが重要です。最初からスムーズにいかないことも多いですが、繰り返し練習することで、だんだんと思考に対する視点が広がり、ネガティブな思い込みが和らぎます。
例えば、「少し欠点はあっても、そこまで自分を責めることでもない」「人が機嫌が悪いのは、自分だけのせいではなく、むしろ相手の事情もあるのかもしれない」といったように、思考に柔軟さが生まれ、つらい感情が和らぐのです。
認知行動療法を始めようと思っている患者さんから「つらいと思っている自分が変だから、自分を直すんですよね?」と質問されたことがあります。私はそうは思ってはいません。つらいものはつらい。悲しいものは悲しい。それを否定するのはもっとつらいです。「こういうときに自分って悲しくなるんだな」といったん受け止めてほしいと思います。感情は変えられないのです。悲しくなる、心が反応している、何に反応しているんだろう?自分ってこんな考えを身に着けているから、こういうときに悲しくなってしまうんだな、と、自分を上から俯瞰してみてあげる、そういった視点をもったら、少し生きやすく、楽になれるんじゃないかなあ、と考えています。
認知行動療法の実践は一人では難しいこともありますが、専門家のサポートを受けながら行うと、自分では気づけなかった新たな視点を得られるかもしれません。
次回は、認知行動療法の一つである行動実験についてのお話です。お楽しみに。
※認知行動療法は、認知(考え)と行動の変容を促し、こころの問題を解決する心理療法です。
千葉⼤学で2019年4⽉に⽴ち上げた「簡易(低強度)認知⾏動療法的アプローチによる相談⽀援を⾏うメンタルサポート医療⼈養成プログラム」では、対⼈援助職の⽅々を⽀援しています。
2023年度より千葉⼤学発ベンチャー「株式会社メンサポ」が上記の教育⽀援事業を引き継ぎました。
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